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ハイパーゴアムなんとか(エヴァ旧劇の話)

本日非常にメンタルの調子が悪くて寝てました


オチなしの駄文なので注意


どうも大天才のおじょーです

私のことは親しみを込めて幾島さんと呼びなさい


ブログタイトルは英姿颯爽ならぬ英姿殺爽。四文字丸々当て字でも良かったけど原義が伝わらなくなりそうだったから止めました

大丈夫、私が来た

コメントありにしたんでコメントつけてってもいいのよ

尤もつけるような人はライン知ってるだろうけど



そもそもな話私は文才が全く無いから人様に読ませるような文章を書けなくて超絶抵抗があるんだけど、なんかしなきゃ、という使命感に駆られて渋々指を動かしてる


取り敢えずエヴァンゲリオン旧劇場版の、death(true)2と、air/まごころを、君にの感想をかなり適当に書こうと思う。


・デストルゥーじじょー


昔は、二乗のことをじじょうと読んだんですよ。彼氏彼女の事情はそこを引っ掛けてます

カレカノ庵野が監督してたのを知ったのはだいぶ後でした。高校の頃だったかなぁ。家に漫画があったから漫画派だったし。

ぼく地球、地球へ、カレカノ、そしてエヴァは本当に登場人物の背景が繊細に描かれていて、非常に感情を揺さぶられる作品だ


こんな感じで書くことを決めても話が脱線していっちゃうし、綺麗に物事を記せる人は凄いね


改めまして、death(true)2。


しばしば「総集編」と評されるのでファンとしてはとても悲しい。

https://m.youtube.com/watch?v=71_08RQZNEw


本当に総集編として扱っていたのであれば、新劇場版の特報映像に、「オーケストラのチューニングをしている音」を選ぶだろうか?


弦楽四重奏では、第一弦(Vn)がカヲル、第二弦(Vn)がアスカ、第三弦(Va)がレイ、第四弦(Vc)がシンジとなっている


補足しておくと、番号が若い順に高音である


シンジと他者との理想のポジション、関係が現れており、そのワンシーンだけでも十二分に考察し甲斐がある作品だと思ったり。


他、新カット、新情報共に多々ある。


南極大陸にアダムが居たこと、そしてそのアダムはゲンドウの右手に移植されて居たこと。これらの情報から多少なりとも物語の背景が読み解けてくる為、私の中では総集編ではなく立派なdeath(true)2という作品である。シト新生覚えてないけど


書くの飽きて来たで工藤

あと映画見たの一月以上前やでうろ覚えやんけ工藤


また、全体の物語構成として、各キャラクター毎のパーソナリティを強調するような編集となっている

無論「一見様御断り」ではあるのだが、逆に言えば一度エヴァンゲリオンを見た人間からしたら、

このキャラクターはこんな背景を持って居てそれがここに現れているんだよ

という作中からのメッセージを感じるものとなっている




・えんどおぶえゔぁんげりおん


略称EOEだっけ?ごめん検索めんどくさいから調べないけどきっとEOE、そういうことにしておいて欲しい。


こちらの作品もグロいだとかキモいだとかいう感想が巷に溢れているし、「気持ち悪い」というセリフの意味は声優が言った言葉をそのまま採用しただけの適当なものであるという趣旨の書き込みを頻繁に目にする。

一ファンとしては泣きたいどころかぶん殴って最低でも視覚と聴覚を潰し二度と映像作品に触れられなくしてやりたい心境になる。



それほどまでにどこが好きかと言うと、まず庵野の心境が死ぬほどマゾヒスティックに描かれている部分である。自らの創作物には多かれ少なかれ虚栄が入るものだが、あれにはそれが全く無く、唯々見ているこちらが心を痛めるほどにリアルである。


そして且つ、繊細でクオリティが高い。自己否定しながらそれでも這いずって作品を完成させた庵野は正しくメンヘラ界の神であろう。


どこが具体的にリアルかと言うと、これは私が最もアニメ作品の中で好きなシーンでもあるのだが

ミサトがシンジを助けに来て説教してキスしてエレベーターに乗せた後、〈シンジがそれでもアスカを救おうと立ち上が《ら》なかった〉所


シンジは庵野の投影そのものである(論拠はテレビ版でも見て欲しい)。

つまり、一人の女性に命を投げ打ってでも救われても、自分は何一つ成し得ない人間なのだと、〈庵野がシンジを通して観客に言っている〉という解釈が出来る。


恐ろしいほど勇気が必要だったことだと思う。

期待に満ちた他者の前で頑張る、頑張ろうとすると言うのは簡単だが、それを裏切ってまで出来ないと言えてしまう精神状態ということだからだ。


実際多くの人間は、頑張ろうとするよりパニックやショックの方が大きいものだ。

頑張れと言われて単調に頑張れる人間というものは所謂アホだけである。


シンジがアスカで抜くシーンでも同じことが言えるだろう。

人は綺麗で一面的ではないのだと庵野は言いたいのだろうし、私はその主張に強く賛同する。


他、キチガイマットサイエンティストの碇ユイの話とか、ゲンドウの若い頃がクソイケメンだとか、リツコが死ぬシーンが共感できるとか、あれはハッピーエンドだという解釈をしているとか、書きたいことは山ほどあったが筆を置きたい。晩飯食いたいし。